• 副都心黒崎開発推進会議
  • 副都心黒崎開発推進会議
  • 副都心黒崎開発推進会議
  • 副都心黒崎開発推進会議
  • 副都心黒崎開発推進会議
  • 副都心黒崎開発推進会議

会長挨拶

                                                 第3代会長  利島 康司

会長就任挨拶

黒崎への“恩返し”が私の使命 

黒崎地区は、三菱化学や安川電機、八幡製鐵所などとその関連会社があり、昼夜を問わない三交代制の工場も多かったため、まさに“24時間眠らない街”でした。周辺には企業の社宅が林立し、街は昼も夜も人の波。黒崎駅を中心に商店街が扇形に広がる未来都市を思わせる独特の街の形は、九州有数の商業地・繁華街「黒崎」の象徴でした。しかしその後のいわゆる「構造不況」などで、企業の撤退・縮小が続き人口が減少、大型店の閉店も相次ぎ、残念ながら黒崎はかつての賑わいと活力を失ってしまいました。

そうした時期に登場した「北九州市ルネッサンス構想」は、北九州市再生の柱として「小倉都心、黒崎副都心」という「2核集中型都市構想」を打ち出したのです。それに呼応して、地元の若い人たちが「かつての活気を!」と立ち上がって結成されたのが「副都心黒崎開発推進会議」でした。それから13年。初代髙田賢一郎会長、続く上野與志隆会長を中心に、黒崎の活性化に向けた広範な議論を巻き起こし、さまざまなイベントを企画実現されたことに心からの敬意を表します。一方で黒崎は、小倉とともに国の中心市街地活性化基本計画に選ばれ、北九州商工会議所も一体となって集中的な活性化策を実施したところです。

しかし長期的、多角的な努力にもかかわらず、思うような成果が上がっていないのが現実です。街の活性化はそれほど困難で、エネルギーを要する作業です。従って私はこのたび会長を引き受けるに際し、正直悩みました。しかし敢えて引き受ける決心をしたのは次のような理由からです。

安川電機は今年創業100年、私が入社してから50年目です。安川電機が世界に羽ばたく企業になれたのも、私が一端の社会人になれたのも、黒崎の街と人に育てていただいたお陰と感謝しています。100年、50年という節目を迎えた今こそ、その恩返しをすることが私の使命と考えたからです。

国はいま「地方創生」を推進しています。これは、地域が知恵を絞り、汗を流せば積極的に支援するという制度です。つまり街の活性化は、同じような全国の各都市との真剣勝負です。議論するだけでは一歩も進みません。地元が知恵を出し合い、とにかく一生懸命に動くこと、しかもスピードが肝要です。

私は安川電機の社長に就任してから「企業は地域に貢献するべきだ」との思いをさらに強くしました。今もその思いは変わりません。安川電機は今後とも「ロボット村」の整備で産業観光を推進し、黒崎のにぎわいづくりに寄与するつもりです。幸い、黒崎の中心部の定住人口はの数年で増えています。加えて何より、副都心黒崎開発推進会議に結集された皆さんの情熱とエネルギーがあります。黒崎は「面白い街」になる高い可能性を秘めていると信じます。

会長として私は、黒崎の元気づくりに取り組んでこられた皆様とともにスクラムを組みながら誠心誠意努力する覚悟です。市内外の人たちが「黒崎に行こう!」と言ってくれるような魅力的な街を目指して頑張ろうではありませんか。

平成27年8月